第6回
原田覚一郎杯
大学対抗グライダー競技大会
2002.8.12〜20
妻沼滑空場

主催
東海大学湘南校舎体育会航空部
千葉工業大学体育会航空部
関東学院大学体育部連合会航空部
青山学院大学体育会航空部
学習院大学航空部
日本大学理工学部グライダー部
後援
(財)日本学生航空連盟
協賛
埼玉県妻沼町
“原田覚一郎杯”について

原田覚一郎教官の人生の大部分は、学生とともにありました。妻沼滑空場を開拓され、この地を学生グライダー教育の一大拠点にし、多くの学生そして指導者を育てられました。
直接指導を受けた大学航空部を中心に、深い感謝の気持ちを込めて始めたのがこの競技会です。第1回実施は1997年のことでした。
第5回大会(2001年)の直前、原田教官は風になって大空へ去られましたが、その教えを心に刻む機会としてこの競技会を永く継続したいと思います。“風”に誓って・・。
略歴
1912年(明治45) 3月8日 長野県諏訪生れ
大阪工業専修学校航空学科卒
1934年 霧ヶ峯グライダー研究会にてグライダーを始める
1939年 福田軽飛行機入社
1940年
大阪府学務部体育課勤務
1942年 文部技官体育局勤務
1946年 文部省依願免
1952年 日本学生航空連盟指導員
1953年
事業用操縦士(滑)、操縦教育証明
1959年 日本学生航空連盟関東支部職員
自ら開拓した妻沼訓練所の所長、教育訓練部長を歴任、多くの学生を教育
1973年 学連退職、太南工業にてグライダー開発
学連在職中もその後も、東海大学、千葉工業大学、関東学院大学の監督・総監
督滑空機耐空検査員、滑空記章試験員
2001年 7月4日逝去 享年89才
著書
「グライダー操縦の基礎」 1968年 鳳文書林
「大空はわが恋人」 1970年 風林書房
「グライダー整備マニュアル」 1975年 鳳文書林
表彰
「航空功労者」 運輸大臣表彰 1964年
黄綬褒章1968年
FAI ポール・ティサンディエ賞 1985年
大会挨拶
原田教官ご長男
法政大学OB
原田光隆

第6回原田杯開催にあたりまして、一言ご挨拶申し上げます。
はじめに、この父の名を冠した大会を開催していただきますことに心より感謝申し上げます。そして大会に、ご尽力、お力添えを頂いている、各校、学連、妻沼町及び関係者の皆様に厚く御礼申し上げます。
生前、父がふるさとの霧ヶ峰と同様、いやそれ以上に愛していた妻沼滑空場で、今年もこの大会が開催されることに感慨深いものを覚えます。
普段自慢めいたことを言わなかった父が、5年前のある日「こんど俺の名前のついた大会をやってくれるんだ」とぽつりと言いました。その時の顔がなんともいえず、うれしそうだったのを思い出します。
また、父の残した沢山の資料や写真の整理をしながら、父がどれほどグライダーを愛し、大勢の皆様に“覚さん”と、親しまれていたのかを改めて思い知らされました。
きっと今年も“覚さん”は、妻沼の風になって皆様のご健闘を見守っていることと思います。
最後に、父の望んでいた、事故の無い、思い出に残る大会となることを祈念してご挨拶とさせていただきます。
原田杯のコンセプト
1)
目的
1.1
妻沼のグライダーに欠かせないものとなった4連ウインチを使用して安全性を確保し、かつ効率的な合同オペレーションを実践研究する。
1.2
比較的合宿回数の少ない大学の基礎教育と技量の向上を目指し、併せて上級生には競技形式による滑翔及び周回を経験させ、ボトムアップを図る。
1.3
機材の共同使用、運営、運航の協力を通して参加各校の親睦交流を深める。
2)
運航及び形態
2.1
安全を第一として、あくまでも基礎的な技量向上、経験を主目的とし、いわゆる成績を重視する無理なフライトは行わない。
2.2
ライセンサーは給水塔〜館林(大西飛行場)〜妻沼滑空場を基本的なコースとする。
2.3
練習許可訓練生は教官同乗による滑翔及び周回飛行をする。
2.4
1・2年の基礎訓練も大切なので、滑翔及び周回飛行の最終発航は午後1時30分までとする。
2.5
各校は、安全確保のための管理者を合同ピストにおき、自校の飛行の監視をはかる。
2.6
安全性の確保に疑問がある時、又運航上支障が有ると思われる時は運航管理者が協議し、その原因が取り除かれない限り飛行しない。
最後に原田教官がいつも言っていた
@
ルールを守る
A
自信過剰にならない
B
余裕を持って飛ぶ
C
事故は絶対に起こさない
D
他人に迷惑をかけない
― 以上の原則を全員が忘れずに飛ぶ事です。これこそが、皆さんに続く空を愛する後輩達のために残さなければならない最も大切な責任です。
第6回原田覚一郎杯グライダー競技大会 要項
主催 東海大学湘南校舎体育会航空部
千葉工業大学体育会航空部
関東学院大学体育部連合会航空部
日本大学理工学部グライダー部
青山学院大学体育会航空部
学習院大学航空部
後援 財団法人 日本学生航空連盟
協賛 埼玉県妻沼町
開催地 財団法人 日本学生航空連盟 妻沼滑空場
〒360-0222 埼玉県大里郡妻沼町葛和田1975
TEL 0485-67-1082(事務所)
0485-67-2079(宿舎)
0485-88-7442(宿舎)
開催期間 2002月12日〜20日
開会式 12日 10時より
競技日 12日〜20日
閉会式 20日 16時より
大会役員
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大会委員長 |
東海大学湘南校舎体育会航空部 部長 |
利根川 豊 |
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大会副委員長 |
千葉工業大学体育会航空部 部長 |
犀川 浩 |
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関東学院大学体育部連合会航空部 部長 |
阿久津敏乃介 |
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日本大学理工学部グライダー部 部長 |
藤田
肇 |
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青山学院大学体育会航空部 部長 |
小川 武史 |
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学習院大学航空部 部長 |
溝口
正 |
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顧問 |
日本学生航空連盟 専務理事 |
窪田 悦郎 |
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日本学生航空連盟 事務局長 |
内藤 康男 |
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日本学生航空連盟 教育訓練部教官 |
石渡 利明 |
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競技審査委員長 |
日本学生航空連盟 教育訓練部長 |
中村 暢宏 |
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運行管理者 |
東海大学湘南校舎体育会航空部 監督 |
相島 正敏 |
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千葉工業大学体育会航空部 監督 |
竹内 重男 |
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関東学院大学体育部連合会航空部 監督 |
小西 康夫 |
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日本大学理工学部グライダー部 監督 |
奥平 光保 |
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青山学院大学体育会航空部 監督 |
村田 純次 |
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学習院大学航空部 監督 |
小池 貴之 |
大会実行委員
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実行委員長 |
東海大学湘南校舎体育会航空部 主将 |
木下 孟 |
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副委員長 |
千葉工業大学体育会航空部 主将 |
吉岡 玄記 |
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会計 |
千葉工業大学体育会航空部 会計 |
渡辺 雄介 |
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青山学院大学体育会航空部 会計 |
宮松 隆司 |
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記録 |
東海大学湘南校舎体育会航空部 |
反り目隆仁 |
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千葉工業大学体育会航空部 |
村田 裕子 |
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機材 |
日本大学理工学部グライダー部 機材 |
真田 孝文 |
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関東学院大学体育部連合会航空部 機材主任 |
本永
巧 |
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動力 |
日本大学理工学部グライダー部 機体 |
大内 利彦 |
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無線 |
関東学院大学体育部連合会航空部 無線主任 |
大井 正宏 |
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教官手配 |
学習院大学航空部 会計・機体・無線係 |
市川 展之 |
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記念品 |
日本大学理工学部グライダー部 監督 |
奥平 光保 |
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パンフレット |
東海大学湘南校舎体育会航空部 機体担当 |
清水 大樹 |
顧問挨拶
日本学生航空連盟
専務理事 窪田 悦郎

「原田覚一郎杯グライダー競技会」の開催、おめでとうございます。早いもので、競技会も今年で第6回を数え、安定した、実りある競技会に成長していることを心からお喜び申し上げます。
日本のグライダーの歴史そのものである原田先生の教え子たちが、中心になって主催するこの競技会は、当初の東海大、千葉工大、関東学院大、日大の4校に加え、3年前から青山学院大が、また一昨年からは学習院大も加わった6大学の競技会となり、関東支部では東京6大学グライダー競技会と並ぶ、学連の主要な競技会と位置付けられるようになりました。
原田杯は、各大学関係者や部長先生、監督、指導教官、OBの方々と学生諸君が協力し合うことでできあがっています。その努力と熱意に敬意を表し、よりレベルの高い競技会になるよう、学連として大切に育てていきたいと考えています。
昨年、原田杯を前に原田さんが急逝され、早や1年。原田さんは学連の訓練部長として、創生期の学連を育てていただいた大恩人で、創意工夫され、現在の訓練体系を作られました。原田さんは「他のスポーツは失敗を糧にできるが、グライダーは失敗したら終わりだ」と、常々言われていたそうです。その教えをきちんと受け継ぎ、重みの加わった原田杯の名に恥じない、立派な競技会を期待しています。
各校挨拶
東 海 大 学
湘南校舎体育会航空部 部長 利根川 豊

昨年の第5回大会を前に原田覚一郎総監督が急逝され、はや1年を経過しました。この間、本大会の関係者はもとより、原田教官にお世話になった多くのグライダー人が、『風』となられた故人を偲びながら過ごされたことと思います。『グライダーの神様』でありながら、その人間味あふれるお人柄から親しみを込めて、『覚さん』と呼ばれ慕われた原田総監督、本大会でそのお姿に直に接し、お教えを請うことが出来ないのは実に寂しいことです。しかし、本大会を支えて下さっている多くの諸先輩方は、そのお教えを授かった方々であります。その各校諸先輩方が中心になって、原田総監督が残されたグライダー精神を、末永く航空部員に伝えていくのが本大会の意義であります。そこに集う若人を、総監督はいつでも空の上から、また妻沼の風となって、見守ってくださっています。原田総監督に直に接することのなかった1,2年生も、また短い間であったがお教えを受けた3,4年生も、この大会を通してグライダーの『技』のみならず、その『心』を学び、人間成長の糧としてほしいと思います。(グライダー)人生意気に感じ、他校との友情・思い遣り、そのことが自然な形で感じられる競技会であれば、原田総監督の名前を冠した大会に相応しいのではないでしょうか。
第6回大会を開催するにあたり、ご協力いただいた、日本学生航空連盟の方々、各大学の部長・監督をはじめとする関係者各位に感謝すると共に、選手諸君の安全な飛行とご健闘をお祈りいたします。
湘南校舎体育会航空部 監督 相島 正敏
昨年、第5回大会直前の原田総監督の急逝は我々に大きな衝撃を与えました。しかし、この競技会を継続することが我々の役目だと確認の上で実行しました。“覚さん”不在の初めての競技会で淋しい気がしましたが、一種の緊張感を持って競技が行われ、そして8月19日、原田杯史上、いや夏の妻沼では最高ではないかと思われる好条件の日となりました。パンフレットの大会史に紹介されているように、その日の競技開始から終了時間以降まで、ほとんどすべてのグライダーが着陸せず飛行し続け、多くの競技機は高得点をかせぎ、練習飛行でも素晴らしい成果をあげました。翌日の最終日には、絹子夫人とご長男光隆氏においでいただき、表彰状の授与をしていただきました。妻沼町からは妻沼町長杯を授与していただきました。この閉会式でも、選手達は特別な感慨にふけったのではないでしょうか。
覚さんは大変気配り、心配りの多い方でした。原田杯においても4回を終えた時点で、主幹校が一巡したわけで、「もうお前達だけでやれよ。後は任せた。」との覚さん一流の心配りがあったのではないでしょうか。しかも、あの19日には“風”となって妻沼の空で見守ってくれ、皆に強烈な感激を与えてくれた、それは間違いのない事実であると信じます。
原田杯はこのような“歴史”をすでに作りました。本年も関係各位には一層のご協力をお願いします。勿論、安全第一で楽しい大会にしていきましょう。
千 葉 工 業 大 学
体育会航空部 部長 犀川 浩
第6回原田覚一郎杯グライダー競技会の開催をお祝い申し上げます。
しかしながら、あの夏の暑い妻沼のランウェイで原田教官にお会いすることはもうないと思うと、教官の亡くなられた寂しさと無念さを新たに実感するものであります。
4月には13名の1年生が入部し、またASK21が導入され、新たな心構えで部活動をスタートさせました。原田総監督の教えを先輩から後輩へと引継ぎ、願わくば、真のグライダースポーツを愛せる学生になってほしいものです。
参加する学生諸君は原田教官の教え、ルールを守る、自信過剰にならない、余裕を持って飛ぶ、事故を起こさないを守り、技量の向上に務め、各校の交流と親睦の輪を深め、実りある大会になることを心から願っています。
体育会航空部 監督 竹内 重男

昨年原田カップ第5回の開始前に覚さんが空に旅立ちました、私の胸の中には淋しさ、悲しさがいっぱいでしたが、学生の皆さんの元気に飛ぶ姿に元気づけられ、覚さんの教えはしっかりと残されている事に意を強くしました。それから早いもので一年が経ち、今回第6回を迎えます。今まで4連ウインチの効率、機材の共同使用、人員の交流等々、各校の自主性を大切にしながらの合同オペレーションと競技会の両立を色々と試行し確立してきました。
これからも気持ちでは競い合いながら、人員、機材は協力しあう、そして費用面も含めて、いい意味での効率化を考え、学生が楽しんで飛べる環境を作る。これが覚さんが私たちに残した課題であり、この事を根付かせることがこれからの妻沼に大切な事です。覚さんの思いは学生グライダーが発展する事です。皆さんと楽しみながら協力して作っていきたいと思います。そして、人に迷惑を掛けない、相手を思う、自信過剰にならない、事故を起こさないように余裕を持って飛ぶ、この教えを大事にしながら・・・・・
最後に成りましたが、後援頂く日本学生航空連盟、妻沼町及び参加各校諸先輩の皆様からのご指導、ご支援に心より感謝いたします。
関 東 学 院 大 学
体育部連合会航空部 部長 阿久津 敏乃介

今年の最も大きなイベントの1つは、ワールドカップであることは間違いのない事であろう。各国、特に我が国の代表選手の活躍に大いに熱中している人達、特に若者の応援を見るにつけ、方向が正しいときの若い力の可能性を見る思いがする。その一方、授業中の熱心でない一般学生の態度を見るとき、これからの日本のいく末に多少不安を覚える。共に同じ世代の人達であるが、目標の有無で大きく変わるよい例なのかもしれない。第6回目を迎えた東海大学・千葉工業大学・関東学院大学・日本大学・青山学院大学・学習院大学の対抗戦、原田カップ争奪戦に参加する学生諸君には、明確な目標と自覚を持って望んでいただきたい。
関東支部の中核を成す6校による原田カップ争奪戦は、学連活動の中でも大きな意味のあることは言うまでもありません。昨年度の全日本学生選手権における日本大学の活躍のもとには、日本大学の努力は勿論、日頃の関係各校の協力が大きな役割を果たしたものと思っております。本年度の原田カップ争奪戦においても、関係各校関係者の友情を高め、さらに常日頃の練習の成果が遺憾なく発揮できることを願っております。原田総監督をはじめ各大学・学連の監督や教官の指導の内容を思い起こし、各選手はもちろん、関係各員は自分の任務を十分認識し、関係者全員にとって安全で楽しい競技会にすることを希望します。
今大会を開催するにあたり、学連、各大学監督、部長、コーチ、学生諸君をはじめ、各大学関係者、OBの方々の絶大なる支援に感謝すると同時に、第6回原田カップ争奪戦の成功をお祈り申し上げます。
体育部連合会航空部 監督 小西 康夫

今年も無事に原田カップの開催ができますことを、日本学生航空連盟、妻沼町の皆様、さらにこの大会の主旨を理解して、応援していただいた皆様方に御礼申し上げます。
原田教官は昨年夏、大空のかなたへと旅立たれてしまいました。ですから、我々は今まで以上にこの大会を通して、原田教官の教えを次の世代へと、語り継いでいかなければならないと考えています。私達は原田教官から、先ず安全に飛行することを、強く教えられました。「失敗は成功の基ではない。失敗は終わりなのだ。」この言葉が我々に伝えられた、原田教官の第一番の言葉です。また「おまえ達、夢を持たなければだめだ。夢を持ってやれよ。」とも言われていました。まさに「覚さん」の人生は、夢を追い続けた人生だったと思います。今「覚さん」はきっと風になって野山を駆けていること